自分が読みたいことを書きたいので

少し変なタイトルですが、私がブログに書くことのそもそものスタートラインは、「自分が読みたいもの」がないならば、自分で書いてみよう、というものです。

私のバックボーンの一つは「化学」です。「化学」はもともと錬金術が始まりだったように、「この世にないなら、作ろう」という精神に溢れています。

ですから、ブログやネットの記事を見ていて、同じような内容、例えば、iPhoneなどのガジェットの情報、新発表の内容などを、ブログの記事にしたいとは思いません。それよりも、自分だったらどうしたいのか、どう思ったのか、という切り口で、ブログに書きたいと思っています。後で振り返ってみて、その方が面白いからです。

その場の思いつきでは限界がある

かつて、ブログは即興演奏のように書く、と自分のスタイルを説明したブログ記事を書いたことがあります。

しかし、ジャズの即興演奏、Improvisationがそうであるように、ハマればとても面白いが、刹那的であり、Flowそのもので、泡沫(うたかた)のようなものです。切れ味は鋭いが、深みにかけたり、一面しか捉えていない。

それでは、限界があるなぁと、最近強く感じています。

思いつきを育てた上でまとめる

つい最近始めたのは、ブログのネタ帳という試みです。

どういうことかといいますと、思いつきを育ててみて、つまりは発想を拡散してみて、あるタイミングで収束させてから、ブログに書いてみる、すなわち熟成させる工程を入れて、ブログを書いたらどんな記事が書けるのだろうか、という試みです。

ブログを毎日のように、定期的に書き続けるために、ネタのストックがあるといいですよ、という話をさんざん目にしましたが、過去10年以上、うまくいった試しがありません。私には、そういう熱意はないようです。

でも、パッとした思いつきを、ただその場で広げてブログに書く、まるで中華の炒め物のようなブログ記事だけでなく、一旦冷まして、味を染み込ませてから、提供する煮物料理のような、そんな味わいのあるブログ記事を、自分が読みたいと思うようになったのです。

歳を重ねて、和風テイストが好みになったのでしょうか?

入院の記録がきっかけ

時折思い出したかのように書いている、骨折による入院の記録のブログ記事は、まさに、振り返って、まとめ的に書いているブログ記事です。

この記事を順番を追って書いていることで、そのときの勢いだけの文章やメモをそのまま書くだけではなく、その後熟成された視点を盛り込むと違ったスタイルになると発見できたからです。

時間経過とともに薄れていく記憶や想いがある一方で、その時はとるに足らないこと思っていた些末なことが、次第に自分の中でどんどん大きく成長することがあります。両者のバランスを取るのは難しいですが、自分が読みたいなと思える文章が書けるように、色々と試してみたいと思います。

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