歩くということ #36

クライミングで失敗して左足首を骨折し、約3ヶ月間も歩くことができない状態が続きましたが、ようやく最近になって、平らなところであれば特別不自由なく歩くことができるようになりました。

普通に移動できない不自由

骨折をした当初は、松葉杖を利用して、電車やバスなどの公共交通機関を使えばなんとかなるだろう、と考えていましたが、すぐにとんでもない甘い見通しで、大きな誤りであることに気がつきました。

それは「段差」の存在です。

ちょっとした段差であっても、足が不自由になると、その段差を乗り越えて移動することがとても難しくなります。レベルが一気に10ぐらい上がってしまうような感覚です。

タクシーに乗り込むとき、最近の車高の高い車両であれば楽ですが、少し前のセダンタイプのタクシーは身をかがめる必要があり、車と地面の段差が厄介です。

電車に撮るときは、ホームまで階段の昇り降りを必要とします。
骨折以前は、階段を登る方が降るよりも負担が大きいのだから、エスカレーターは降りよりも登りを優先すべきと思っていました。でも、骨折後は大きな誤りであることが分かりました。足が不自由になると、階段を降りる方が登るよりも怖いのです。
階段を登る時は、足を踏み外したり、つまづいたり、体を支えきれなくなったとしても、転び落ちることはほとんどありません。しかし、階段を降りる時は、不自由な足で失敗をすると階段の下まで転がり落ちる恐怖を覚えます。

東京の地下では、設置されているエスカレーターが上りしかないところがかなり多く、ネットで検索するたびに、絶望感を覚えました。エレベーターがあればいいのですが、設置されていない駅も多く、また設置されていてもホームの端だったりして、改札からエレベーターの入り口が絶望的に遠い駅もあります。

バリア・フリーという言葉が使われるようになって、随分と経ちますが、言葉だけで、実態が伴っていないようです。
それもこれも、既存の設備などが足枷となっているからなのでしょう。ゼロからデザインし直した方が早いのでしょうが、簡単にはできないジレンマを感じます。

松葉杖では買い物が難しい

意外な盲点だったのは、松葉杖では買い物が難しいという事実です。

買い物をするには、「歩く」ということも重要ですが、荷物を持って移動する必要があります。カートであっても、カゴであっても、買いたい商品をレジまで歩いて運ばなければなりません。

松葉杖をついていると、両手が自由になりません。カゴを持って松葉杖をついて歩くことはできません。カートを押すこともできません。商品を持って移動するのが著しく困難なので、買い物は非常に困難なタスクになってしまいます。

自然、出不精になる

なので、歩くことがままならない3ヶ月間は、病院の入退院、通院を除けば、ほとんど自宅にいました。さいわい、コロナによる在宅勤務が一般化した後でしたので、仕事による苦労はあまりありませんでした。

松葉杖をついているときは、コンビニでの買い物も難しい相談でした。

あらゆることが、とにかく面倒なので、自宅から外に出かけること自体を諦めてしまいました。

一人暮らしだったら、ゴミ出しもできないでしょうから、非常に荒んだ生活を送っていたのだろう、と怖くなります。

怪我してはならない

これまでは、非常に考えが甘かったです。

命に別条なかったからよかった、ではないのです。不慮の事故とか、貰い事故とかであったとしても、やっぱり怪我してはダメなのです。

ただ歩く、それだけのことができなくなるだけで、色々なものが失われてしまうことを、今回の骨折はまざまざと教えてくれました。少しの甘さ、油断で足首の骨折という大きな怪我をしてしまいました。

ちょっとしたことで失ってしまったものは、とても大きく、甘く考えてはダメなのです。絶対に、怪我をしてはならないのです。

まだまだ、回復の途上で、普通の場所ならば歩けるようになりましたが、長い間歩くこと、階段を降るには少しの困難を伴います。怪我したのは夏でしたが、もう冬がやってきますし、冬の間に完全に回復できるか、正直なところわかりません。

気持ち的に焦りたいところはありますが、焦りすぎて、さらに痛めることになってしまっては意味がありません。リハビリは様子を見ながら、じっくりと、心のブレーキを利かせながら、できる限りのトレーニングをしています。

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