仕事のやり方を常に変えていく #58

私は、常日頃から、仕事の進め方について、今のままで良いだろうか?世の中の変化に対応できているだろうか?と自問自答しています。

基本的に、自分でできることは自分でコントロールできる範囲内でのことであり、世間のように自分でコントロールが効かない対象については一切考えない、という姿勢でいます。従い、世の中の変化についてとやかく批評する気持ちはないし、嘆くこともありません。でも、そんな世の中の1構成分子であることは間違いないので、世間の荒波に揉まれることになります。だからこそ、波に逆らわないで、潮流を掴めるように努力を怠ってはならないと、言い聞かせています。

最適化できた瞬間に劣化は始まる

なぜならば、ありとあらゆる工夫をして、自分なりのベストなやり方が構築できた瞬間から、劣化が進行すると思っているからです。別の言い方をすれば、完璧というのは永遠にありえない。なぜなら、川の流れは絶えずして、しかも元の水にあらず、だからです。

常に、流動変化する、今の最適解を求めることが大事で、過去の経験(成功も失敗も)はその時の状況に伴う結果であって普遍の真理ではない。それは、趣味の登山でも同じことです。一つとして同じ状況などないのですから。

人として、できる限りベBestは尽くしたいです。でも、Bestは生まれない。多種多様な環境に対応しながら、Betterを期待するしかないのです。

過去の成功事例に囚われていたら、、、

今年の誕生日で、大台の50歳代に突入してしまいます。随分とジジイになってしまったものです。

世間には働かないオッサン、ジジイの話題には事欠きません。それはそうです。今までの延長線上だけで戦っている人々は、働けるわけがない。意識が昭和で終わってるのですから。(私の昭和は高校生で終わりましたが、ひきずっている人を多く見かけますね。私は令和で生きているつもりですけど。)

過去は、過去です。解釈は変えられるけど、結果は変えられません。

今は、過去に準備してきたことを最大限活かしつつ、臨機応変に、しっかり考えて、効果的に行動すべきです。過去の成功事例に縋(すが)っている暇なんてないです。本質的な問題構造は似ているかもしれませんが、アプローチは異なるだろうし、環境、制約条件は大きく異なっているのです。

倫理観だって、哲学だって変わっている。そして世界はますます多様性を認める方向に動いているということ。使い古されたパターン的な考えは、ゴメンです。

貪欲に前のめりに

新しいものに関心を示さなくなり、古い世界で安住しようとしてしまったら、時代遅れの手法を繰り返して、失笑を買い、「あのオッサン、ほんと、脳みそ昭和で草」になってしまうでしょう。定年を延長した会社が高齢化して、組織が硬直化して、新しい取り組みができなくなって業績が急降下、はよく聞く話です。

失敗を恐れて、他社、諸外国の成功事例を散々に聞いてから、それなら、おっとりと競争の列の相当後方に並んで、「うちは新しいことやってます」というのは、呆れる。でも、日本はそんな話ばかりだ。営業をやっていて、ため息が出ることはとても多い。対応するお客様の全体像が、諸外国と比較して、あまりに消極的で未来展望がないから。日本にはやっぱり将来はないのかなぁ、と暗澹たる気持ちになることは多いです。

それでも

でも、それでも、次の世界の扉の前に一つでも多く立ち、ノックして、できるだけ開くようにしたい。そして、その先の未来を見る努力を続けていきたい。それが楽しいから。

登山を趣味にしているのも、その先の景色を見たいから、それに尽きるので。

つくづく、自分の性向はその先を見たい衝動が強いタイプのようです。過ぎたことにはまったく興味がないので。特に同窓会はまったく関心がないです。年老いたら、無人の荒野で一人寂しく生をまっとうすることになるかもしれませんが、行き倒れ状態でも、前を向いて、のめり込むように、倒れたい、と思うのです。

過去を大事にしないから、友達も少なくなるよね。必然的に。

ご登録をお願いします。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です